1989年 天皇陛下崩御

1989年はとにかく「忍」の一字で耐え忍ぶ1年でした。年が明けて世間的にも正月休みも終えた1月7日、天皇陛下が崩御されました。それは私たちの生まれ育った「昭和」が終わりを告げる事でもありました。前年後半からずっと生死の境を彷徨われ、ニュースでは毎日「本日は下血が○ccで輸血をされました。」との報道がされましたが、我々国民のための延命であった事は明白で、どれだけお辛かった事かと思うと言葉がありませんでした。私はすぐに記帳のために皇居に向かいました。日が暮れていましたが記帳所には驚くほど大勢の人々が並んでおり、寒い中どれだけ待っても誰一人として不満を言う人も無く、あんなに静かな大行列はそれまで経験がありませんでした。
そしてこのあと世の中は新しい「平成」の時代を迎えますが、我々のような職種の人間たちにとって本当に辛い1年が待っていました。それは「自粛」です。別に政府や宮内庁が促したわけでは無く、国民全体が喪に服すという意味で、過去の歴代天皇の崩御の際もそうであった事に倣って多くのコンサートやイベントの類が中止、あるいは規模縮小での開催となりました。私はほとんどお仕事がもらえず、ただただバイトに明け暮れる毎日でした。
この時代、世間的には1950~1960年代の「オールディーズ」が流行っており、私はギターの先輩の誘いで運良くオールディーズバンドに参加できたので、時折先輩の代わりに出演し収入を得る事はできました。一方でこの年は、無声映画の伴奏からは完全に遠ざかっていました。とにかくいただける仕事はなんでも受けるだけでした。
そこで無声映画楽士の話とは全く関係がないですが、次はこの年にギタリストとしての私が被ったエピソードを紹介したいと思います。

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