番外編 福岡競艇ラジオCMの変
スタジオミュージシャンの一流どころがいつもいる場所。そのひとつが当時六本木にあったテレビ朝日の「オレンジスタジオ」でした。様々なレコーディングの多くがここで行われ、スタジオ系の仕事を目指す若手のミュージシャン達にとって憧れのスタジオの一つでした。
あるとき、かつて私に無声映画の仕事を紹介してくれた友人でもある事務所のマネージャーから電話がありました。
「湯浅君、○月○日空いてる?オレンジスタジオで録り(レコーディングのこと)があるんだけど」
当時こういう仕事の依頼は急なことが多く、翌日とか本当に急な時は「今すぐ」というのもありました。このときも直近だったと記憶しています。当時はまだバイトをしながらの活動だったので、バイト先に事情を伝えて休みをもらいましたが、急なことだったので随分嫌味を言われました。しかし!です。今回の場所はあのオレンジスタジオです。ついに自分にも、あの場所での仕事が舞い込んだのです。嫌味など意に介しません。
仕事内容は福岡競艇のラジオCMだといいます。私は当時使っていたラックマウントのエフェクター類やアンプ、ギターなど自分で出せる限りの機材を車に積み込み、一路六本木へ!オレンジスタジオはテレビ朝日の一角だったので、駐車場の前には芸能人の出待ち入り待ちのファンの人たちがたくさんいました。皆一様に私の車の中を覗いては「違う~」と言って去ります。機材を降ろして憧れのスタジオ内に入ると、様々なアルバムに名を連ねていた一流ミュージシャン数人と早速遭遇しました。
「あぁ~…オレンジスタジオだぁ~」
私はただでさえドキドキしていた心臓がさらにドキドキしました。
すると向こうからマネージャーが来ました。
「湯浅君おはよう!あれ?どうしたの?ギターなんか持って」
「…は?だって録りでしょ?」
「あれ?言わなかったっけ。今日は福岡競艇のCMのナレーション録りだって」
ナレーション…ギターじゃ無い…はぁ?!
「湯浅君、声がいいからできるんじゃないかと思ってさぁ」
どうやら話の行き違いで「録り」の意味を履き違えたのでした。しかし、普通ギタリストのところに「録り」の仕事と言ったらギターのことに決まってます。あんまりです。傍らにはギターとアンプと機材…全部使いません。戦意喪失…。
しかし…冷静になって考えてみればナレーション録りなんてしたことなかったので、気を取り直してひとまずやってみようと思いスタジオ入りしました。
ナレーションは3人の異なるキャラクターで台本が書かれていました。会社の重役、大学生、変態ストーカー。この3人の役を全部やってみることになりました。
まずは会社の重役。しかし如何に声が低いとはいえ、まだ20代の半ばの私にとって中年~熟年の声はイメージが違いすぎました。何度もやってみましたがディレクターからNGが出てボツになりました。
次に大学生。今度は逆に、歳の割に落ち着いた声質が仇になって大学生に聞こえません。いくつか声色も変えてみましたが、これもNGでボツになりました。
最後は変態ストーカー。設定は自分が好きな女の子の後を追ったら競艇場で、とても楽しそうにしてる彼女の顔を見て幸せ…というものでした。プロの声優でも無いのにここまで結構なNGを出されまくって頭にきていた私は、破れかぶれで超変態っぽく語ってみたのでした。するとミキシングルーム越しに関係者一同が爆笑しているのが見えました。そしてヘッドフォン越しに
「コレいただきまーす!」
と言われ一発でOKテイクになったのでした。変態のストーカー役がハマってOKというのは何とも複雑でしたが、何はともあれ一応仕事はしたということにはなったのでした。
それから数日の後、事務所から完成したラジオCMのテープが届き聞きましたが、客観的に聞いて確かにハマっていたのでした。
それからどれくらいの間オンエアされたのかは知りませんが、1990年代の初め、福岡競艇のラジオCMで流れていた変態の声は私です。
余談ですがこの時のギャラ、依頼した事務所の経営が傾いて倒産したため未払いです。
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