新楽団の初リハーサル

まもなく仕事が決まり、私は急ぎ楽譜を作りました。
そして初めての顔合わせとリハの日を迎え、メンバー一同へ挨拶の後この仕事の趣旨を説明し、楽譜を手渡しました。しかし、私の書いた楽譜を見た彼らは愕然とします。

この楽譜、何も書かれてないですが…どうすればいいんですか?

私は内心「何も書かれていないとは失礼な!ちゃんと音符が書いてあるじゃないか!」と思ったんですが落ち着いて「そこに書かれてるメロディーを元に、自由にフェイクして下さっていいですから」と言うと「フェイク」の意味が通じません。
私が初めに関わった国立音大出身の皆さんはクラシックとジャズの両方ができる人たちでしたが、それはクラシック系の音大生の中では特殊なのだという事をそのとき初めて知りました。
更にクラシック系の彼らの音名の呼び方はドイツ語。私はジャズの学校出身で英語で習っていたので、同じ日本人同士なのに音楽用語が通じず、まるで異国人同士のコミュニケーションです。彼らにフィーリングで演奏するという言葉は全く通用せず、書かれた事を忠実に演奏するように教育されているので、楽譜に細かな指定がないと素人が初めてパソコンで作ったMIDIデータ並みの演奏になります。逆に彼らからすれば、私の書いた楽譜は子供の落書き並みに酷いということになります。


更に…ある人は私の書いた音符が汚くて読みにくいと言い、おもむろに消しゴムで消して書き直し始めました。これには私も慌てて「消さないでください!」と言ったんですが言う事を聞かず書き直しました。ではその人の書いた音符は綺麗だったかというと私のものと似たり寄ったりで、正直なところ書き直す必要がどこにあったのか疑問でした。

またこのとき出していたのは原譜だったのですが、ある人はボールペンで楽譜に加筆してしまい「これは原譜ですから後で消せるようにしてください!」と言ったんですが、逆に「なんで原譜を出したんですか?」と言われる始末でした。たしかに楽譜にどんどん書き込みをするのは当たり前ではありますが、まさかボールペンを使うとは思いもしませんでした。もっともこの楽譜が出来上がったのはこの日の朝で、昼からリハーサルだったのでコピーする余裕もなかったというところだったのですが…。しかも仕事専用の五線紙は特殊なサイズでコピー機に入らないのです。
このリハーサルの帰り道、私は楽団内で唯一の同ジャンルであるパーカッショニストにずっと愚痴っていました。そして1日も早くこのメンバーと別れて最初のメンバーと再び演奏できる日を待ち望んだのでした。

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